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電気と磁気の?(はてな)館

電源ラインからノイズの侵入と流出を防ぐEMCフィルタ

マルコーニに先駆けた日本人工学者の無線通信実験
 無線通信を実用化したのはイタリアのマルコーニです。ヘルツの電磁波の研究に触発されたマルコーニは1895年、無線通信機を製作。1899年にドーバー海峡、1901年には太平洋を隔てた無線通信にも成功しました。あまり知られていませんが、このマルコーニの無線通信に先立つ1885年、日本の工学者が無線通信の実験を試みています。イギリスに留学して、ケルビン卿(W・トムソン)の指導を受け、帰国後、工部大学校(東京大学工学部の前身)電気科教授となった志田林太郎です。
 この通信実験は、隅田川の水面を導電体として利用したもので、電磁波を用いたものではありませんが、その後の日本の電気通信の発展に大きく貢献することになりました。また、志田林太郎は無線通信のみならず、TVや録音機、録画機などのシステムを予見した天才的工学者でした。マルコーニの実験を知ることもなく、1890年に34歳という若さで死去しましたが、彼の研究は逓信省や日本海軍などに受け継がれ、20世紀初頭には日本でも独自開発の無線通信が実用化。日露戦争の日本海海戦(1905年)においては、海軍が開発した36式無線通信機が艦船に装備され、勝利へと導く一因となりました。「…本日、天気晴朗ナレド、浪高シ」という有名な電信は、この無線通信機によるものです。
 当時の無線通信の送信機は、火花放電にともなって発生する電磁波を利用したものです。技術的に難しかったのは受信機で、コヒーラと呼ばれる検波器が搭載されました。当初、コヒーラとしてはガラス管に金属粉を入れたものが使われました。金属粉はバラバラ状態の高抵抗で直流電流は通しませんが、電磁波(高周波の交流電流)を受けると互いに密着して低抵抗になり、電流を通すことを利用したものです。しかし、いったん電磁波を検知すると通電状態になってしまうため、金属粉をバラバラに戻すために、ガラス管を電鈴のハンマーでたえず叩くような機構も取り入れられました。日本の逓信省の無線通信機では、水銀式コヒーラが考案されて利用されました。これは、金属粉のかわりに油と水銀を入れたガラス管を回転させるしくみの検波器です。



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